放射線と女性


放射線の人体への影響は、個々の人でダイナミックに変化するもの
女性は、放射線に弱いです。


微量の放射線暴露が人体に及ぼす影響を評価することは、とても難しいと思います。放射線の人体への影響は、個々の人でダイナミックに変化するものであり、万人に共通に適用できる正しい安全数値基準はありません。

現在、一般の方で、原発内で働く方以外は、放射能障害を気にする必要はありません。ただし、今後の放射線情報には興味を持ち続けて欲しいです。放射能問題も女性の健康を考える上で、大事な情報を提供します。少しづつ、知識を増やしていきましょう。

安全基準値という考え方は、毒物学に適用されている考え方です。安全基準値の決め方は、すべての人において絶対安全(と思われる)値を決め、それよりさらに低めの値を安全基準値と設定するのが普通です。一般的なこの安全基準を、放射線に適応するのは、難しいです。

長期にわたる放射線性の影響について、人類は、いまだかつてデータを持ちません。放射線が人間に及ぼす影響については、日本の原爆、ロシアのチェルノブイリ事故、そして、今後は、福島の現場作業員における長期の検討がされていくと思います。今回の原発事故を契機に、放射能障害の個人差について考える機会になったと思います。

安全とか、安全でないとか、すぐに言えるわけではないのですが、過去に発表されたデータにアクセスしてみましょう。

放射線による人の健康問題(病気)は、排出能や抗がん能にも、大きな個人差があります。つまり、危険性は予測不能であり、個人によって一定ではないのです。
放射線による健康への影響は、あるか無いかの関係ではではありません。放射線に極めて感受性の高い人(弱い人)がいる一方、抵抗力の高い人(強い人)がいて、同じ危険線量の放射線を浴びた場合でも、影響の出ない人、強く起きる人など、症状は様々です。長期的な影響については、さらに予測不能な個人差が大きくなります。ですから、微量な量を浴びた後に、体に何か異変が起きても、それが放射線との関連すると、誰も証明できません。つまり、万人に適応できる正解はありません。それぞれの人が自身の価値観を軸に、判断せざるを得ません。

若い人は、これからの人生を生きる時間が長いわけですから、長期的な影響を考える必要があります。女性は男性より、放射線障害が出やすい。がんの発症率が高い。
年少時期は、男児で白血病などの発症率が高い結果がでています

急性障害は、原発施設の作業員など、事故が原因で起きてきます。つまり、多量の放射線を浴びた直後に、やけど、造血障害など、放射線によつ直接的な障害です。一方、慢性障害は、10年後、20年後以上、経過した月日の応じて、がんなどの病気が起きてきます。一般的に、放射線障害は、女性に多く、年少児の場合は、男児に多くなっています。

人類にとっての、放射線障害についての知識は、代表的な経験から、導き出されています。
1) チェルノブイリ原発事故
2) 長崎・広島の原爆投下
3) スリーマイル原発事故
以下の順で、論文を紹介していきます。

研究調査となる人が集まっている、コホート集団(コホートは小隊)の意味ですが、いろいろな条件の人をあつめて集団をつくり、その集団に属する個々の人の背景条件を、組み合わせながら、年余にわたり、病気の発症経過を追跡していくものです。

論文ごとに、方法、場所、対象人員などが異なるため、結果はまちまちですが、大きくまとめると、甲状腺への放射性ヨウ素による障害(がん化)が、一番、データが多く、存在します。

チェルノブイリ
の事故は、1986年4月26日に起こりました。この原発事故は、深刻な放射能を世界中にばらまきました。甲状腺がんが多発して、論文も多数でています。

1番目に紹介するのは、ベラルス研究です。総472人の若年甲状腺がんの患者の評価が書かれています。JCEM1997;82:3563

1)ベラルス研究とは? 原発事故の後、21歳以下の若年者を中心に、甲状腺がんが増加した事実が述べられています。女性に多く、甲状腺がんが発症しました。

チェルノブイリがあったゴメルという土地の汚染(放射性ヨード131)は、原発付近が1平方メートル当たり37000キロベクレル以上(キロです。1000倍ですね)、ロシアに接するMogilev、Grodno と呼ばれる地域は、1平方メートル当たり5000-20000キロベクレル、ポーランドに接するブレストでは400-5000キロベクレルという数値です。

21歳以下の若年者では、事故後、甲状腺がんが増加しました。この地域で発症した甲状腺がん(総計)の地域分布は、ゴメル245人(51.9%)、ブレスト108人(22.2%)、ミンスク68人(12.3%)でした。この地域は、事故前は、年間8人位の患者が発症していたようですが、1990年31名、1992年66名と増加傾向となり、ピークは、1993年93名、1994年96名、1995年には90名だそうです。事故の時に発症が多いのは、5歳未満だった子どもの (全体の63%)と、女性に多く、男女比は、1:2.5です。



2番目に紹介するのは、被ばく地域で浴びた放射線量を、甲状腺がんの発症した人45人と、しなかった住民13082人の間で比較したものです。ここでも、女性の放射線感受性の高さが報告されています。

2)チェルノブイリ事故後に発症した甲状腺がんの背景について、J Natl Cancer Inst 2006;98:897です。

事故時、チェルノブイリ付近に居住していた人で、事故後にすみやかに緊急検診をうけ、その後も継続的に追跡することができた19歳以下の住民32385人を対象としました。事故直後の住民検診で、甲状腺へ1グレイ(Gy)以上の高濃度の被ばくをうけた8752人が含まれています。

長期間に対象人数は、変動しましたが、高濃度被ばく群を含め、甲状腺がんのデータ解析ができたのは13127人でした。被爆者のうち、1998年から2000年にかけて、甲状腺がんが確定診断できたのは、45名でした。

がんになった45人の甲状腺への被ばく量は、
20% の人が0-0.24Gy、
20% の人が0.25-0.74 Gy,
22.2% の人が0.75-1.49 Gy,
17.8% の人が1.50-2.99 Gy, 
20%の人が3-47.63 Gy
の数値に分布しました。

一方、がんにならなかった人の甲状腺への被ばく量は、
48.6%の人が0-0.24 Gy、
26.9% の人が0.25-0.74 Gy,
12.2% の人が0.75-1.49 Gy, 
7.2 % の人が1.50-2.99 Gy, 
5.1%の人が3-47.63 Gyの数値に分布しました。

被ばく量が1グレイ上がるごとに、甲状腺がんの発症のリスクが5.25倍増加しました。統計学計算上では、がん発症の危険性は、1グレイ上がるごとに最大1.7 倍から27.5 倍の間の数値でした。

男女別では、1グレイ上昇するごとにがんの発症が、男性は2.21倍、女性では16.57倍に増加しました。女性は、男性の6倍の感受性の高さでした。被爆時年齢の低い小児で、がんの発症が多く、1グレイごとに0-4歳では9倍、5-9歳7倍10-18歳では3.4倍にがんのリスクが上昇しました。


上の論文のまとめ
浴びた放射線量に平行して、がんのリスクが高まること、女性と乳幼児でリスクが高いことが示されています。高度に被曝しても発症しない人もいますし、低濃度群からの発症もありました。がんの発症は、1グレイあたりの最大1.7倍から27.5倍の幅のある数値でした。つまり、1グレイ多くあびると、がんのリスクが1.7倍から、27.5倍の範囲で上昇する事実を示すものです。これが個人差です。がん発症を阻止する能力に、個人ごとにばらつきがあることが分かると思います。

3番目は、放射線と小児の白血病に関する話題です。

3)1986年4月26日にチェルノブイリ原発事故時及びその後、被ばくした子どもにおける放射性暴露と、白血病発症に関する論文です。疫学的結論は、いろいろな条件を組み合わせて計算すると、統計上、白血病との関連はないとするものです。(しかし、否定もできないとも言っています。)

チェルノブイリ事故の時点、胎児(総数61人)と、6才以下の子供たちの間で、急性白血病が増えたかを調査しました。ベラルーシ、ロシア、ウクライナ地域で1986年4月26日から2000年12月31日の間に、小児の白血病の症例(総数421人)と、年齢、性を合わせた対象症例(同地域の白血病で無い子ども835人)を比較しました。この間の白血病の症例は、ベラルーシ114人、ウクライナ218人、ロシア39人、合計421人でした。

対象者の推定中央放射線暴露量は、10mGy(注;単位はミリです)でした。ベラルーシでは、白血病の発症数は、
1mGy未満を1とすると、
1-4.9mGyでは1.28倍、
5mGy以上では、1.58倍でした。
ウクライナでは、1mGy未満を1とすると、
1-4.9mGyでは1.49倍、
5mGy以上では3.50倍でした。

3地域を合わせると、1mGy未満を1とすると、
1-4.9mGyでは1.46倍、
5mGy以上では、2.6倍でした。

ウクライナ、ベラルーシで、放射線量と関連して白血病が増加しましたが、ロシアでは関連が見つかりませんでした。

ウクライナで、線量との関係がみられたものの、発症が放射線によるものかの確定はできませんでした。
この研究では、チェルノブイリ事故による放射線暴露の結果として小児期白血病が増加したとの結論にはなりませんでした。PMID:16269548 Int J Epidemiol. 2006 Apr;35(2):386-96.


4)1991-2001年の追跡調査期間、0から17歳以下の子供において、国家的調査データに基づいた、甲状腺ガン発生率を示しました。ブリャンスク州(チェルノブイリ事故後、最も汚染されたロシア地域)で生活していた子どもたちのデータです。

1989年の国勢調査では、この州の人口は、37万5000人でした。ロシアの科学委員会で承認された方法論に基づいて、甲状腺への暴露放射線量が決定されました。1991~2001年に、合計199の甲状腺ガンが診断されました。 がん診断は、95%が組織学的検査にて、確かめられました。

甲状腺ガンの発症は、他の地域のがん発症と比較すると、女子6.7倍(5.1から8.6倍の95%信頼区間)と、男子では14.6倍(10.3から20.2倍の95%信頼区間)でした。
低年齢で被ばくするほど、がん発症は高くなりました。
暴露時年齢0-4歳の女児において、1グレイGy増えるごとの発症は、45.3倍となりました(5.2、9,953の95%信頼区間)、一方、暴露時年齢が0-9歳であった男子では、1Gyにつき、68.6倍(10.0から4,520の95%信頼区間)でした。
1991-1996年と1997-2001年の年度別では、1997-2001年に、女子で減少、男子で増加しました。PMID: 16544150 Radiat Environ Biophys. 2006 May;45(1):9-16.


5)
この地域に住んでいた人の甲状腺線量は、ロシア公的文書に基づく測定評価法2000年版を用いて算定されました。チェルノブイリ事故後、5年の潜伏期をおいて、1986 から1998年に、1,051件の甲状腺癌が発症しました。(1991年から1998年までは、769人でした)。このデータでも、女性の甲状腺がんが増加しました。

組織学的に、がんであることが確定できたのは、87%と95%でした。男性においてがん発生率(SIR)は、1986-1990年では、1.27(95%信頼区間0.92-1.73)であり、1991-1998年では1.45 (95% CI = 1.20, 1.73)でした。

女性では、1986-1990年では1.94 (95% CI = 1.70, 2.20) 、1991-1998 年では1.96 (95%信頼区間1.82-2.1) でした。
PMID: 12498517  Health Phys. 2003 ;84:46-60.



6) 事故時の汚染状態の高い地域(ブリャンスク地方)に居住する成人では、甲状腺がんのリスクが、男性1.5倍、女性2倍になりました。成人の場合は、必ずしも、周りの地域と比べて、突出してがんの発症が高いわけではありませんでした。
2) 小児では、ブリャンスク地方では、がんの発症が、5-20倍位に増えました。

1991-2001年の間で、0-4歳の女児では、地域内の人をコントロールとすると、1 Gyあたり増加するがんの発症倍率は、45.3倍 (5.2, 9,953 95%CI;)であり、外部の人をコントロールとすると、1 Gyあたり増加するがんの発症倍率は28.8 倍((95%信頼区間4.3から 2,238 );の数値となると計算されました。

1991-2001年の間で、0-9歳の男児では、地域内の人をコントロールとすると、1 Gy 当たり68.6倍 ((95%信頼区間10.0から4,520 )、一方外部の人をコントロールとすると、177.4倍と、計算されました。

1991-1996年までと、1997-2001年までとの、2群間でがんの発症を比較すると、女児では減少し、男児では増加しました(女児のほうが早期に発症する)。PMID: 16544150



日本の原爆
の時の40年以上にわたる調査を紹介します。Radiat Res. 2007
長崎・広島の居住者における、被ばく関連の学術調査です。
今回のコホート集団は、Life Span Study (LSS)研究と呼ばれています。被ばく時の諸条件別に、1998年まで、約40年間にわたり、集団に属する人々の固形がんの発症の経過を見ました、そして、異なる諸条件の群ごとに、相対的ながんの発症率を比較したものです。

1)男性では1Gy多く浴びたごとに、35% 多くがんが発症しました。一方、女性では、1Gyあたり58% でした。

長崎・広島の被爆者のコホート集団105,427 人を追跡しました。この地域に住む人たちの、条件別(男女、年齢、被ばく量など)に、固形がん発症率を比較しました。
1958年にから1998年までの間、コホート集団の人々に、固形がんは、17448人に発症しました。
放射線 0.005 Gy以上の内部被ばくした人のうち、850 (約 11%) が放射線関連がんと推定されました。放射線関連がんは、若年者に多くみられました。

0から2-Gy の被ばく範囲の人では、用量依存的にがんが多く発症しました。被ばく量が増えるとがん発症が増加し、その関係は直線的でした。0.15 Gyより少ない被ばく量の人でも、用量依存的な関連がありました(多く浴びた人に多くがんが出た)。

被爆後30年経過した70歳の人では、男性では、1Gy多く浴びたごとに35% 多くがんが発症しました。(90%信頼区間 CI 28%から43%)、一方、女性では、1Gyあたり58% (信頼区間43%から69%) 多く、がんが発症しました。

人々の年齢が高くなると、被ばく線量と発がんとの関連がうすくなり、10年間ごとに、17% (90% 信頼区間CI 7%; 25%) 相対的ながんの発症が低下しました。しかし、加齢した後でも、被爆者の方ががんが多く発生しました。

女性は、男性にくらべて、1.4倍にがんが増えました。(90%信頼区間 CI 1.1; 1.8)。

被爆者で、多くみられたがんの種類は、口腔、食道、胃、肺、(メラノーマ以外の)皮膚がん、乳がん、膀胱がん、神経系がんで、一方、被ばくの影響をうけなかったのは、膵臓がん、前立腺がん、腎臓がんでした。子どもでは、子宮がんが増える傾向がありました。PMID: 17722996 Radiat Res. 2007;168:1-64


以下も、Life Span Study(LSS-E85)、寿命研究と呼ばれるコホート研究です。

2) 79,972人の調査集団の人のうち、1958~1987年で、8613人のがんが診断されました。 広島と長崎被爆者記録簿の登録簿より、データを処理しました。がん診断の根拠は、75%は組織学的に確かめられ、6%は直接観察、8%は臨床診断、12.6%は死亡診断書を用い、がんと確定診断されました。

がん超過発症率は、線形用量反応モデルに、性、年齢、暴露量などの影響因子を加えて評価しました。

1シーベルトごとに増加するがんの相対危険度は、0.63でした(増えるという意味で、1が1.63倍になる)、100000人ごとでの数値に換算では、1シーベルトごと 29.7人のがんが増えました。

1シーベルトごとに増加した相対危険度は、胃がん0.32、大腸がん0.72、肺がん0.95、胸1.59、卵巣がん0.99、膀胱がん1.02、甲状腺がん1.15、肝臓 0.49、非黒色腫皮膚1.0となりました。神経組織のがんは、若年の被爆者に多く発症しました。
甲状腺がんは、2倍になっていました。
PMID: 8127952  Radiat Res. 1994 Feb;137(2 Suppl):S17-67.


長崎・広島原爆被爆者において、47年間観察して死亡状況を調べた論文です。超過死亡とは、一般的な死亡と比較して、被爆者限定に観察される過剰となる死亡です。過剰の死亡とは、被ばくしていなければ、死亡しないであろうとされた計算値です。この論文では、被爆者では、従来のがんの死亡に加えて、心や肺など、他臓器の疾患による死亡も、増加したと報告しています。

3)追跡対象は、被爆者登録された86,572人で、60%の人は、少なくとも5mSvの被ばくを受けていました。47年のフォローアップの間に、固形がん死9,335人と、ガン以外の原因による死亡31,881人でした。固形がんの19%と、非ガン死の15%は、最近7年の間の出来事でした。

一連の関連研究の結果をふまえ、今回データは、固形がん死440(5%)と非ガン死の250(0.8%)が被曝と関係していたと計算されました。
固形がんの超過死亡は、0~150mSv範囲は、放射線量と平行していました。 30歳で原爆に暴露された場合、固形がん死は、70歳で1シーベルトにつき47%上がると計算されます(1.47倍になる)。

非がん死は、30年間で、1シーベルトにつきおよそ14%上がると計算されました。統計的に有意な増加は、心臓病、脳卒中、消化器、呼吸器疾患にみられました。放射線効果が0.5シーベルト未満の場合は、非がん死亡とに、関連がありませんでした。非ガン死亡では、現在年齢、被ばく年齢、性との関係はありませんでした。
PMID: 12968934
Radiat Res. 2003 Oct;160(4):381-407.
Radiation Effects Research Foundationによる調査


固形がんは、被爆者の加齢と共に、増加しますが、白血病では、被爆後早期の発症が多く、加齢による白血病の増加は少ないことが示されています。超過死亡とは、被ばくをしなかった人と比較した場合、被爆者で増加した死亡と算出された値です。白血病の方が、個人差が大きく、被ばくが発症に関係するようです。
固形がんでも、女性に不利な値(放射線に抵抗力が低い)が出ています。小児の男児で、白血病になりやすいようです。

長崎・広島の原爆の被災者で、少なくとも0.005 シーベルトの線量の被爆者が60%を占めているコホート集団86,572人を、1950-1990年における、がん・白血病による死亡を追跡しました。0.005シーベルトSvの被爆者グループより、3086人、0.005 シーベルト 以上を暴露したグループからは4741のガン死が報告されました。

一般人におけるがん死を考慮すると、被爆者は、約420人の超過のガン死があったと見積もられました。そのうち、85人は白血病でした。 1950-1990年の超過死亡は、25%が最近5年の間(1985-1990)に起きましたが、この人たちは、小児期に被ばくした人が半分を占めました。

1950-1990年の超過死亡の3 %が、最近5年(1985-1990)の白血病死でした。 白血病は、被爆後すぐの15年で起こったのに対して、固形がんでは、むしろ、被爆者の加齢と関係しました。30歳で被爆した人では、生涯の固形がんの超過死亡は、1シーベルトにつき、男性0.10、女性0.14と計算されました。 50歳で暴露されると、がん死のリスクは、約3分の1に減りました。

10歳で暴露された場合では、30歳で被爆した人の1.0-1.8倍と推定されました。10歳、30歳で暴露された場合、白血病の1 シーベルト当たり超過危険は、男性0.015と女性0.008の推定値でした。 50歳で暴露された場合、約3分の2になると計算されました。

固形がんの超過危険は、3シーベルトまで線形モデル(線量と並行して死亡が増す)となりますが、白血病は、線形モデルとはならず、0.1 シーベルトの被ばく量を受けた人は、1 シーベルトを受けた人の1/20になると推定されました。
PMID: 8677290 Radiat Res. 1996 Jul;146(1):1-27.


1950年10月から1992年5月まで、子宮内被爆者と6才未満で被爆した生存者において、思春期以後(17から46才まで)の発がんによる死亡を検討しました。

少なくとも被爆量は、0.01Sv以上(10ミリSv)と推定された、子宮内被爆者807人と、小児期被爆者5,545人を調査集団としました。この人たちと比較するための対照集団は、0.01Sv以下の被爆者集団10,453人でした。

子宮内暴露集団からは、10人のガン死があり、1シーベルトごとの超過死亡の相対危険の推定値(ERR/Sv)は、2.1倍(0.2~6.0の90%の信頼区間、約1.2倍から7倍になる)でした。この数値は、後5歳までに被曝した人のがん死と同率でした。

子宮内被爆者のがん死は、白血病(2人)、女性特有の臓器(3人)と消化器(5人)でした。 女性では、全固形がんによる死亡は9人で、1シーベルトごとの超過死亡の相対危険(ERR/Sv)は、90%の信頼区間において1.6~17でした。消化器系がんでは、ERR/Svは、0.7~20の90%の信頼区間となり、女性器官のガンのERR/Svは、90%信頼区間は0.7~42となりました。

子宮内暴露の男児での、固形がん死はありません。女性臓器ガンを除いても、女児のがん発症が多いです。Radiat Res. 1997 Mar;147(3):385-95


被爆後の長崎・広島住民におけるコホート研究(LSS)の成績です。今回は、原爆に暴露した女性において、乳がん発症に与える長期的影響因子についての調査結果です。それぞれの女性が持つ被ばく関連因子、及び、被ばく以外の環境因子が、乳がんの発症にどの程度に影響したかの度合いを、疫学的に算出したものです。

このコホート集団は、広島と長崎に居住する22,200人が対象となっています。被ばく放射線以外の、生活環境因子は、1979~1981年に、女性宛てに郵送した質問表の回答により得ました。 がん発症までの追跡調査期間は、平均8.31年でした。この期間に、コホート集団女性から、乳がんが161人、発症しました。この発症は、どのような因子と関連していたかを調べました。
結果: 初潮が早く、更年期が遅い人で、乳がん発症のリスクが高まりました。 妊娠の数は、乳がん発症率に関連しませんでした。 30才前に満期出産を経験した女性は、乳がんの発症は少ない傾向となりましたが、有意差はありませんでした。

肥満した女性では、乳がんの発症率が上昇しました。ホルモン補充療法を受けていた人は、そうでない人の1.64倍(95%の信頼区間1.02-2.64倍)に、乳がんが出ました。

糖尿病のある女性の乳がんの発症率は、糖尿病の無い女性の2.06倍(95%の信頼区間1.27-3.34倍)でした。

乳がんの発症に影響を与える因子(初潮、閉経、肥満、ホルモン補充など)、に、被ばく放射線因子を加えて計算してみても、乳がん発症率に影響を与えませんでした。この結果から、長崎・広島の被爆者における乳がんの発症には、被ばく量より、他の上記の因子の方が影響が強いと考えられました。
Prev Med. 1997 Jan-Feb;26(1):144-53 9010910


今回の研究は、1970-1986年間に広島と長崎の被爆者で、甲状腺がんと診断され登録された人と、同地区に居住し甲状腺がんの無い人を、対照者として、がん発症に関連する家族歴や生活スタイルを比較したものです。1986-1988年に、質問票とインタビューから、それぞれの人から、家族歴や生活歴の情報を得ました。

甲状腺ガンは、組織学的に診断されました。 75才以下で、甲状腺がんと診断された362人と、同地区の居住者、性、年齢をあわせた甲状腺がんの無い対照者362人です。

甲状腺がんの発症者は、男性57名、女性305名と、女性に多く発症し、がんが診断された年齢は、30歳以下31名、30-39歳88名、40-49歳113名、50-59歳92名、60歳以上38名でした。
甲状腺がんの発症者が浴びた放射線量は、 63%が5ミリシーベルト未満のごくわずかな暴露で、5ミリシーベルト以上の暴露は、57名でした。5-49ミリシーベルトが13人(3.6%)、50-499ミリシーベルトが14名(3,9%)、500ミリシーベルトが12人(3.3%)でした。1974年から1984年に、多くの人が発症しました。対照群も、5ミリシーベルト以上の被ばく者57名が含まれています。(この放射線量は、体内に取り込まれたと計算された値です。)

被爆の状況は、LSS研究のデータをもちいました。統計学的検討は、多因子ロジスティック回帰を用いました。

すでに甲状腺腫(甲状腺が腫れている人)や、甲状腺の小結節(甲状腺に固い小塊がある)の病歴があった人では、甲状腺がんの発症が多くなりました。甲状腺腫のある人では、甲状腺がんの発症が25倍になりました。甲状腺結節のある人では、甲状腺がんの発症が5倍になりました。また、家系的にも、ガンの家族歴を持つ人では、甲状腺がんの発症が増加しました。1等身(親と兄弟)にがんがある人では、甲状腺がんは1.48倍となり、兄弟・姉妹にがんのある人では、甲状腺がんは2.7倍となり、特に姉妹にがんのある場合には、甲状腺がんは4.25倍になりました。

甲状腺がんになった人のうち、5ミリシーベルト以上を被ばくした人の群(有群)と、無い群とに分け、それぞれの群ごとに、がんの発症を比較しました。被ばく無群では、甲状腺腫があると、がん発症リスクは、26倍となりましたが、被ばくを受けた群の人では、その倍率が3.75倍なりました。がんの家系の有無については、被ばくが無い群の人では、がんの家族歴があると、がん発症は1.55倍となりましたが、被ばくを受けた群では、がんの家族歴があると、がんの発症は1.43倍となりました。

(訳者注;被爆者は、甲状腺腫やがん家族歴を持ち合わせなくても、甲状腺がんになる(素因が無くてもがんになる)可能性があるが、患者数が少なく統計学の計算では有意とはならない)。喫煙とアルコール飲酒は、甲状腺がんの発症のオッズ比(0.45-0.6倍)がさがりました。J Epidemiol. 2007 May;17(3):76-85. 17545694


本日の記事の最後に紹介するのは、男性の乳がんです。男性の乳がんは、数が極めて少ないのですが、放射線量との関連がきれいに観察できたタイプのがんのようです。今回は、男性乳がんに関する論文を紹介します。生殖器に関連するめずらしいがんは、放射線との関連がでるのかもしれません。

男性の乳がんの発症は、放射線暴露と良く相関しました。被爆者のホコート調査LSS研究に含まれる男性45 880人において、男性の乳がん発生率を評価しました。
男性の乳がんは、1958年から1998年末までに診断されました。がんの発症数は、組織的に調査されている広島・長崎の腫瘍発症集計を使用しました。LSS研究に属する被爆者では、男性の乳がんは9人に発症し、1年間に換算して、10万人に1.8人の割合でした。一方、被ばくしていない集団の男性では、1年間に換算して10万人に0.5人でした。

暴露線量があがるとがんの発症も増加する用量反応関係も見られました。1シーベルト上昇するごとに超過する相対危険度は8となりました(95%の信頼区間0.8から48)。

(がんの発症数は、1シーベルト上昇するごとに8倍上積みされる。1.8倍から49倍までの範囲の数値と言えば、95%正しい答えと言える)
PMID: 15840883 J Natl Cancer Inst. 2005 Apr 20;97(8):603-5.


原爆生存者で乳がんが発症した人では、がん遺伝子増幅は、どのように起きているのでしょうか?又、他のがん悪化因子や放射線暴露と、どのように関係したのでしょうか?今回の研究では、乳がんを持つ被爆者が居住していた地域が、爆心とどの位離れているのかを考慮して、近距離暴露群、遠距離暴露群と分け、被ばくの無い対照群と比較しました。

被ばく群の乳がんの97人(67人の生存者と、30人の死亡者)と対照群から、浸潤性乳管ガン細胞を得ました。蛍光ハイブリッド法により、がん細胞遺伝子のHER2とC-MYC遺伝子増幅の有無を検査しました。これらのがん細胞は、ホルモン受容体の有無についても検査されました。

爆心に近い距離で被爆した人の方が、乳がん発生率は増加しました(1kmごとに1.47倍、95%の信頼区間は1.30–1.66)。 HER2とC-MYC遺伝子の増幅は、近距離暴露群の方が、それぞれの遺伝子増幅が多く見られました(近距離暴露群に、HFR2、またはC-MYC遺伝子異常が高率に証明された)、さらに、HFR2、およびC-MYCが共に増幅する現象は、対照群と1.5km以上の遠距離暴露群では、1名づつでしたが、爆心より1.5km以内の近距離暴露群では、8名にみられました。爆心より近距離群では、HFR2、およびC-MYC遺伝子増幅に加え、ホルモン受容体や組織学的検査で判定されたがん悪性度も高くなっていました。Cancer. 2008 ;112(10):2143-51  PMID: 18348306


原爆以外にも、初回のがんで放射線治療を受けた後、別のがんが発生することがあります。なんとも、やりきれない話ですが、実際には、そうした現実があります。

今回は、複数がんの発症と、放射線の関係について、2008年発表された成績です。長崎大学の追跡調査で1968年から始まっています。原爆による影響を観察している集団は、女性54915人、男性36975人です。

被爆者における複数の異なるガンの発症と、その他の各種因子(爆心からの距離、被ばく年齢など)が、どのように関連するかを調べました。
1968年から1999年まで、観察中の人たちから、がんと診断された人の数は7572人でした。そのうち、複数のがんの発症は511人でした。92.6%の人は、2か所のがん、 5.7%の人が3か所でした。2回目のがんは、男女共50歳以上で多く生じています。

10万人当たりの換算では、複数がんは、1年につき27.6人でした。男女別では、女性242人(10万人当たり21人)、男性269人(10万人当たり38.3人 )でした。2回目のがんの臓器別では、男女共、大腸、胃、肺、直腸、が最も多く、次は、女性では乳房と皮膚、男性では前立腺、肝臓、尿路となっていました。1回目のがんから、2回目のがんまでの年数は、1年以内が、女性12.3%、男性19.4%、さらに、5年以内は、女性27.8%、男性36.9%でした。

2回目のがんは、爆心から近い距離出被ばくした人に発症が多くなり、爆心からの距離が離れると、複数がんは減少しました。2回目がんの発症は、1km以内では、10万人当たり57人、1.6-2.0kmでは26人、3km以上では24.7人でした。1.0kmにつき0.89倍となりました(95%の信頼区間、0.84-0.94)。

被ばく時に加齢していた人の方が、複数がんは減少しました。2回目のがんの発症は、年齢が1年増えると、0.91倍となりました( 95%の信頼区間、0.90-0.92)。爆心地からの距離効果は、2回目のがんで、はっきりと出ました。60年以上にわたる長期の観察で、傾向がわかってきました。Cancer Sci. 2008 Jan;99(1):87-92. PMID: 17979995
Cancer Res. 2008;68(17):7176-82.

今回は、被爆者50人と、被ばくのない21人を含む71人の乳頭状甲状腺癌の細胞において、RET/PTC再編成とBRAF(V600E)突然変異を調べました。 がん細胞では、RET/PTC遺伝子の再編成は、被ばくした放射線量の増加に関連して増加していきました(P= 0.002)。
一方、高い放射線量(P=0.001)に暴露された人では、RET/PTC遺伝子の再編成が先に起きており、BRAF(V600E)遺伝子の突然変異は、頻度が低下していました。 RET/PTC再編成のある発がんは、より早期に発症しました。RET/PTC再編成は、放射線に関連して生じやすく、早期の発癌に重要な役割を演ずるものと思われます。これらの調査結果は、多変量ロジスティック回帰分析によって確かめられました。
PMID: 18757433

重症外傷のある被爆者の、その後のがん死に関する2002年の論文を紹介します。Int J Radiat Biol. 2002 ;78:1001
LSS研究(長崎・広島被爆者の長期的の追跡研究)からのデータです。爆心地に近く、外傷を負った人と、そうではない被爆者の、その後のがんの発症を比較した研究です。

白血病は、外傷を負った人々で発症の頻度がふえましたが、単純集計によると(他因子を考慮しない)、白血病発症の相対危険度が上昇しました。しかし、その他の因子を加え計算し直すと、外傷があった被爆者で白血病が増えるという事実が確認できませんでした(統計学的に有意差がない)。さらに、白血病以外の固形がんやその他、良性新生物、心血管疾患、非-ガンなど)に関しても、外傷を受けた被爆者での増加は確認できませんでした。PMID: 12456287


ここで日本の原爆関連の論文から、離れます。

米国スリーマイル島の放射能漏れ事故後の甲状腺がんについてのデータです。
住民が浴びた放射線量は、5マイル圏内で10日間で、0.09-0.25ミリシーベルトという推定の数値がありました。
米国において、がんの発症は、地域ごとに集計されているので、そうした既存のデータ収集システムを利用しての結果です。

スリーマイル島における、甲状腺がんの増加について
1979の3月28日に、スリーマイル島の原発事故が起きました。その後の甲状腺がんの発生状況における疫学研究です。超過死亡・超過発症というのは、他の地域に居住する人たちとくらべて、この地域の人々に限定した場合、どの位にがん発症による死亡、あるいは発症の増加があったのかをしめす数値です。

Laryngoscope. 2008 Apr;118(4):618-28. PMID: 18300710
事故時、周囲5マイルには、32,135 人がいました。この郡に居住する人々では、がん死の超過増加はありませんでしたが、長期の影響について、1985年から2002年まで、18年にわたり、甲状腺がんについての超過発症の調査がなされました。

スリーマイル島付近のDauphin, York, Lancaster の3郡が、甲状腺がんの調査の対象でした(Dauphin郡はスリーマイル島がある地域)。1985年の調査開始時に、新たな甲状腺がんは、それぞれの郡(Dauphin, York, Lancaster).で11 人発見されました。 2002年までに, Dauphin郡29 人, Lancaster郡, 81人 、York郡 69 人のがんが発症しました。

同じ時期の米国の平均の甲状腺がんの発症状況と比較して、Dauphin郡では、がんの発症は上昇しませんでした。York 郡では、1995年 から 2002年の間の1年間、高い超過のがん発症があったと見なされました。Lancaster 郡では、調査年間すべてで、がんの発症は上昇したと見なされました。一番多い年は、50% の超過発症であると計算されました。

まとめ
スリーマイル島があったDauphin郡では、がんの超過発症はありませんでした。Lancaster 郡では、有意差をもって1995年から毎年甲状腺がんが増加しました。



米国ピッツバーグ大学とペンシルバニア大学の共同研究において、1979年3月28日に起きたスリーマイル島(TMI)原発事故時に、この場所に居住していた住民32,135人において、1回目は、1979年~1985年に死亡原因の調査研究がなされたが、事故後の死亡率の増加は観察されなかった。引き続き、今回は1979~1992年の間の死亡状況が検討された。PMID: 10856029

標準化のため、死亡率(SMRs)は、100を基準値として統計的に計算した。(100という数値は、他の地域の死亡率と変わらないことを表す。死亡率が上昇すると、この地域の死亡が増えることを示す)。調査集団には、喫煙者が34%含まれ、原発施設に勤務していた人の割合は、男性6.7%、女性3.0%であった。事故時は、推定量04mSv以上の放射線を5032名(15%)の人が浴び、325名は推定1mSvに暴露された。

この地域のすべての原因による死亡は、男性で1934/15539人、女性は1925/15707人であり、死亡率(SMRs)は、男性109、女性118と高くなった。推定の放射線量と全死亡との関連は、年齢で補正すると、0.08mSv未満暴露群で、男性122、女性142と高く、推定放射線量0.35mSv以上暴露群の死亡率(SMRs)は、男性105、女性123であった。女性では、推定暴露放射線量の多いグループと、低いグループで、死亡率(SMRs)が有意に高く、その結果、放射線量が増えると死亡率も増えるという線形の相関関係はみられなかった。つまり、放射線が多いと、死亡率が上がるということにはならなかった。

死亡原因として、心疾患が死亡の43.3%を占めた。心疾患に限定した死亡率は、男性113、女性130であった。しかし、住民背景や放射線量を考慮すると事故との有意ある関連は無かった。ガンによる死亡率は、他の近隣住民と比較して差が無かった。(男性のがん死亡率 100; 女性のがん死亡率 101)。リンパ球性及び血液関連のがんは、男性で高く115、女性でも108で、やや高い傾向はあったが、有意でなかった。

事故時に放出されたガンマ線量と、女性の乳がんとの関係に線形相関の傾向があった(p = 0.02)。推定暴露量0.08mSv未満の群の女性は、乳がんが88であり、0.35mSv以上群では、119であったが、この増加が放射線被曝に関連するとの確証は得られなかった。

まとめると、この研究では、放射線の暴露と、死亡が関係するとのデータは得られなかった。Environ Health Perspect. 2000 Dec;108(12):A546-9.


 

 
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