ホルモン補充療法(HRT)


ホルモン補充療法とがん

乳がん
外国では、乳がんは、日本よりずーと多く発症します。女性を乳がんから守るために、研究・調査がさかんです。米国では、BCSC (The Breast Cancer Surveillance Consortium)という組織が、15年以上、活動しています。一般向け、および専門者むけ、両面から乳がんについての情報提供を行うためのサイトです。医学情報の提供に加えて、乳がんの患者登録を行い、患者名、病院名をすべて匿名にして、研究者などに情報提供なども行っています。

2002年、7月にWHIにより、ホルモン補充療法と乳がんが関連するとの報告がありました。これは、世界に衝撃的な出来事でした。女性のQOL向上を望む医師たちにも、大変、ショックな結果でした。確かに研究対象となったのは、閉経期より加齢した女性たちが多かったのですが、女性ホルモンの多様性を、まざまざと見せつけた結果でした。この研究は、現在も追加調査されていて、論文が出てきます。これが世界の潮流です。
BCSC組織のホームページにアクセスすれば、乳がんに関する医学論文が多数出てきます。そして、ホルモン補充療法は、がん誘発因子であることに関する論文が掲載されています。乳がんは、乳房の大きな人、肥満の人、ホルモン補充療法をした人で、リスクが高まります。又、ホルモン補充療法を止めると、その後のがん発症リスクが低下します。

AACR (American Association for Cancer Research is to prevent and cure cancer)と呼ばれる組織は、1907年に設立され,この米国最大にして最古のがん対策の専門組織として活動しており、プレスリリースをしています。 ここでは、論文を引用して、ホルモン補充療法の減少後の、乳がんの低下をしっかり啓発しています。欧米では、この治療をしていた女性が多いので、啓発発動にも力が入っているようです。
 
WHIによるホルモン補充療法との関係についても、プレスリリースされていますので、英語圏の女性たちは、情報にアクセスするのが容易です。外国のプレスリリースは、論文内容に加えて、専門家の名前、役職をしっかり載せて、彼らのコメントを一緒に載せる手法をとるので、一般の人でも理解しやすい形になります。
 
日本の場合は、記事を書く新聞記者は、どんなに英語が堪能でも、しばしば現場の医療の背景を十分に知らないわけですから、専門家にコメントを求めることになります。しかし、コメントする学者の見解で、ずいぶんと記事の印象は変わってしまいます。日本では、他の診療科への批判がなされることが少ないですから、ホルモン補充療法がはっきりだめという書き方はしていない記事が多いです。
 
前回のブログで紹介したBCSC (The Breast Cancer Surveillance Consortium)では、米国における240万回以上のマンモフラフィーを分析しています。
ここのホームページで、ホルモン補充療法後に、浸潤性乳がんが減ったことをグラフで紹介しています。
図1

http://breastscreening.cancer.gov/data/chars_cases.html オリジナルの図はこちらです。
だいたいの傾向を、グラフでも示しましたので、参考にしてください。このサイトは英語ですが、日本語訳のサービスが利用できます。しかし、日本語訳では大事なところがわかりません。やさしい文章は、完璧に訳してくれるのですが、専門的な記述になると、意味が通じません。残念なことですが、もっと良い翻訳機の今後に期待したいです。
 
Tehillah Menes, M.D(MDは医学博士の略)Elmhurst Hospital Center, New York,のコメントを紹介しています。最近の傾向として、非典型の管状肥大が減った。乳管上皮細胞の非典型的な肥大は、前がん状態と言えるもので、肥大のない上皮細胞に比べ、3-5倍の確率でがんに移行する。非典型の乳管過形成に、癌組織が混入していても、全体として悪性度は低い。つまり、Menes,らは、最初から侵潤性の高いがんと、それ以外の乳がんとは、発生してくる経過が異なるのではないかと考えられると言った。
1999年には、乳管の異型過形成の変化があるものは、10000マンモフラフィーに5.5回あったが、2005年には2.4回 に減った。異型過形成にがん状態も共存する人は、2003年が最も多く、10000マンモフラフィーに4.3回 から、2005年には 3.3回まで減少した。
 
カルフォルニア大学の医学疫学部門のKarla Kerlikowske, 教授は、ホルモン補充療法が、このように関連していることは予想しなかったと、コメントした。
 
 
日本の乳がんにかんするホームページには、乳がんのリスクの高い女性については、以下のような記載になっています。
避妊薬のピルや女性ホルモン、副腎ホルモン剤を常用している人(引用文)
これだと、他の病気で副腎ホルモン剤を治療に必須として使う場合と、ホルモン補充療法が並列的にならんでいます。学とみ子は、この違いに注目する必要を感じます。つまり、副腎ホルモンは中止にすると死亡につながる治療であるのに対して、ホルモン補充療法はQOL改善のために使う薬である違いがあります。乳がんリスクを考えれば、ホルモン補充療法を止めた方が良いとのメッセージに欠けるような気がします。
日本産婦人科学会は、ホルモン補充療法を有効な治療と位置づけています(但し、治療の選択は、本人にゆだねられています)
 
ホルモン補充療法は、患者さん本人が希望する場合に行う治療ですが、副腎ホルモン療法は、一般的に医師の指導により行われるものです。ですから、ホルモン補充療法を希望する女性に向けて、後で後悔をしないように、情報提供をしたいのです。
男性の方も、学とみ子の考え方に賛同してくださる方は、啓発にご協力ください。

 

補遺
乳房は、母乳をつくる小葉と、母乳を乳首まで運ぶ乳管から構成されます。乳がんは、乳房の乳管上皮細胞(壁の内部を覆っている細胞)から発生します。異型過形成は、異型小葉過形成とあわせて異型乳管過形成 (atypical hyperplasia)と呼ばれ、1層にならぶ上皮細胞が増殖してくるのです。そして、この上皮細胞が正常の姿をせず、ややがん細胞に似た顔つきに変化しつつあると、がんに進行する可能性が高まります。
がん細胞が小葉や乳管内にとどまっているがんを「非浸潤性乳管がん」、血液やリンパ管などから外に出て周囲に広がったがんを「浸潤性乳管がん」と呼びます。
これに関しては、日本の乳がん情報ホームページに、わかりやすい絵がのっています。http://www.nyugan-kenshin.jp/nyugan/index.html



BCSCの論文ファイルの中から、いくつかを紹介しましょう。
1)Journal: J Natl Cancer Inst 2007;99(17):1335
ホルモン補充療法は、乳がんの予後に、どのように影響を与えたかを調査した。ホルモン補充療法を受ける女性の数は、2000-2002年にかけて7%、2002-2003年にかけて, 34%程、減少した。

50-69歳の603411人を対象に、スクリーニング検査としてマンモグラフィーを行い、3238人が乳がんと診断された。ホルモン補充療法が減少した年度と一致する2001年から2003年にかけて、浸潤性乳がんは、各年ごとに5%減少した。
2000年から2003年にかけて、エストロゲン受容体陽性の浸潤性乳がんは、年間13%減少した。しかし、軽症乳がんの数は変化がなかった。この事実から、乳がんが減少した理由として、乳がんの検査数が少なくなったと考えることは妥当ではなく、浸潤がんそのものが減少したと考えるべきであろう。


2)Journal: Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2007;16(12):2587-93
マンモグラフィー検査により、乳房密度の高い人の方が、乳がんにリスクが高くなる。一方の乳がんがある女性では、他方も乳がんになりやすくなるが、タモキシフェンなどの女性ホルモン剤の働きを抑える薬により治療が功を奏しやすい。

3)以下のの論文は、体重の多い群では、正常体重群に比べて、乳がんの発症率が高く、かつ浸潤性の高い(悪性度が高い)乳がんが発症しやすいと、統計学的な裏付けの数値と共に示されています。

Kerlikowske K ら、Journal: J Natl Cancer Inst 2008;100:1724-33
1996-2005年の間に、287,115人の女性に614,562回のマンモグラフィーを行い、対象となった女性のうち、マンモグラフィー検査の1年以内に、乳がんと診断された女性は、4,446人であった。女性の体重と身長で、MBI(BMIとは、分母が身長の2乗、分子は体重で算出する, kg/m(2)) を算出し、乳がん女性を、次の4群に分けた。

正常体重群(BMI18.5-24.9),
肥満群 (BMI25.0-29.9),
重症肥満I群 (BMI30.0-34.9), 
最重症肥満II、III群 (> or =35.0)

1000人当たりの乳がんは、正常体重群6.6人 , 肥満群7.4 人, 重症肥満I群7.9 人、最重症肥満II、III群 8.5人
(P < .001、統計学的に信頼性が高いという数値)であった。

浸潤性が高いなどの予後の悪い乳がんのリスクは、正常体重群2.3人, 肥満群2.6 人, 重症肥満I群2.9 人, 最重症肥満II、III群3.2人 P(trend) < .001)であった。
エストロゲン受容体陽性がんは、体重の高い群に多かった。


4)個人差はありますが、女性ホルモンは、乳房を大きくします。閉経後も、女性ホルモン群では、乳房の密度が高い人が多いようです。

Journal: J Clin Oncol 2010;28(24):3830-7 Date: 2010 Aug 20
55-59歳の女性587,369人が、1,349,027回のマンモグラフィーを行い、14,090人の乳がんを診断した。
登録システムであるBIRADSの分類法を用いて、1−4度までの乳房分類を行い、それぞれの群に属する女性において、5年間の乳がんリスクを比較した。ホルモン補充療法は、エストロゲン単独投与の女性群と、エストロゲン+プロゲステロン(黄体ホルモン)群.を投与群の女性であった。

女性で、乳房密度の低い群に属する女性では、女性ホルモン無群が、0.8% (95% 信頼区間 0.6 to 0.9%)であり、女性ホルモン群では、0.9% (95%信頼区間, 0.7% to 1.1%) と、乳がんリスクが上昇した。

同じ年齢層の女性で、乳房の密度が高い人では、乳がん発症のリスクが高かった。ホルモン補充療法のない人では、2.4% (95% CI, 2.0% to 2.8%) , エストロゲン使用者では 3.0% (95% CI, 2.6% to 3.5%)、エストロゲン+プロゲステロン(黄体ホルモン)は、4.2%でした。


卵巣がん
卵巣がんは、乳がん、子宮がんなどにくらべて、数は少ないですが、悪性度は高く、5年生存率も低いものです。この卵巣がんも、ホルモン補充療法により増加することが示されています。

JAMA. 2009 Jul 15;302(3):298-305.
730万人の女性たちの8年間の観察において、卵巣がん3068人(うち卵巣上皮がん2681人)と、ホルモン補充療法との関連を検討した。
対象として、ホルモン補充療法を受けていない90万人の女性と比較した。
ホルモン補充療法群の女性は、治療をうけなかった女性と比較すると、卵巣がんは、1.38倍となり、卵巣上皮がんは1.44倍となった。
ホルモン補充療法中止後、2年目までは、卵巣がんのリスクは、1.22倍とまだ、やや高いが、2-4年では0.98倍となる。さらに4-6年過ぎると、卵巣がんが0.72倍と減少する。ホルモン補充療法群では、1000人あたり0.52.非ホルモン補充療法は0.4であった


 

 
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